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平成最後の年越しで思ったことは節電の大切さ

2018年の大晦日。

感慨深い年越しになりました。

昭和の後半に生まれて、気が付けば平成も終わり。

現時点で人生の大半を平成で過ごして、いろんなことがあった。

小学校を卒業し、中学校に入学。

部活がめんどくさいとか言っていた。

ヘアースタイルに至っては強制的に坊主。

そして、大した思い出もなく、高校まで卒業して、やっと大学生。

都内の大学に行って価値観が様変わり。

やっぱり東京というところはすごい!と感動。

人も多いし、遊びや学びも多い。

大学に行けば、いろいろな地方から入学してきた学生が友人になるわけだから、人のつながりも地方へと広がる。

大学卒業後はいろんなことに興味を持って、アパレルや測量、経理や不動産を経験。

 

平成という時代には本当に感謝しています。

不況と言われながらも、自分の目標を叶えることもできたから。

 

でも、平成で一番記憶に刻まれたのは災害の多さ。

特に地震。

阪神淡路大震災や新潟中越地震、東日本大震災・・・

 

日本はプレートの境にあり、地震は避けては通れない国。

つまり、どこでも地震が起こりうるということ。

自分だけは大丈夫ということは無い。

東日本大震災の時は、群馬に生活の拠点を置いていましたが、あんなに大きな揺れを生きているうちに体験するとは夢にも思わなかった。

 

震度6弱。揺れまくる建物に浪打つ地面。

 

計画停電は本当に怖かった。信号機は止まり幹線道路の横断は危険との隣りあわせ。

冬場でしたから、停電に備えてペットボトルにお湯を入れ、そのペットボトルをこたつの中に入れて暖を取る。

都心部は停電はなかったようですが、地方は停電に備える必要がありました。

時間通りに行われない計画停電の振り回され、仕事中のお店のレジ打ちの真っ最中に突然電気が落ちる。

この瞬間は、ハッとします。

 

この大震災で、福島にいる親戚は、家が避難区域に指定され、引っ越しました。

 

電気を供給するために福島に発電所があります。

その電気を私たちが使っています。

もし、私たちが少しでも節電をしていれば、福島に発電所は必要なかったのではないかとも思いました。

 

もちろん他の発電所も含めて。

 

あの震災以来、電気を無意味に使うのは良くないと思い、以前からも節電意識はありましたが、一層電気をこまめに切るようになりました。待機電力を極力減らすためと不要な電気を使わないためです。

 

出かけるときや寝る前はコンセントを抜いたり、部屋を移動するときは、電気を逐一切る。

エアコンの温度は、必要以上に上げ下げしない。

電球をLEDに交換。

炊飯器は、炊けたらスイッチをオフ。熱を発生させる炊飯器などは電力を多く使うので。

見ない番組の時はテレビの電源をオフ。などなど・・

 

余談ですが水道もしかりです。

水は蛇口をひねれば無限に出るものではありません。

ダムを造るにしても人里を水没させなくてはなりません。

八ッ場ダム建設のために地元群馬の景勝地である吾妻渓谷がダムの下に埋まってしまいます。

 

都市部の水源確保のために地方が強いられる。

 

それに、水道を供給するにも電気を必要とします。

お皿を洗うときや車を洗うときに、洗剤で汚れを落としてるときに蛇口を締めていますか?

 

ちょっとしたことですが、みんながすれば大きな節電や節水につながるはずです。

 

ちなみに、お皿を洗うときに限って言えば、お皿をスポンジで洗っているときに水を流しっぱなしにしているのと、蛇口を締めているとでは3倍の水を流しているようです。

無意味に水が流れていればその分の水道料も無意味に水に流しているのです。

 

便利は時には不便。

災害時に大きな被害を生む危険性もあるからです。

災害の二次被害は人災からくる可能性が大きいため。

 

今後自然エネルギーにシフトしていきます。

でもその前に一度立ち止まって、エコ意識を確認してみてはいかがでしょうか?

ライフスタイルを変えることで、最小限の電気やエネルギーで生活ができ、人災も防げるかもしれません。